浄瑠璃・能楽・神楽にひっぱりだこ! 大人気悪女 「玉藻前(たまものまえ)」九尾妖狐伝説

九尾妖狐伝説 悪女「玉藻前」 Column
九尾妖狐伝説 悪女「玉藻前」

今回はいろんな芸能で披露されてきた九尾の妖狐伝説「玉藻前(たまものまえ)」について書きたいと思います。というのも、先日岡山県の勝山に用事で出かけました。勝山にあるのがまさしくこの玉藻前に関係ある殺生石がある化生寺 玉雲宮(かせいじ たまもりぐう)さん。

所在地:〒717-0013 岡山県真庭市勝山748

備中神楽にも「玉藻の前」という演目があります。YouTubeにもいくつか上がっていますが、こちらをどうぞ。密かに次回のイベントではこの演目をみなさんにご覧いただこうと企画しています。

中国では「妲己」、インドでは「華陽婦人」、日本では「玉藻前」と世界を股にかけて語り継がれる九尾妖狐伝説。各国で歴代の政権者を手玉に取って悪事、我が儘の限りを尽くします。

一般的に玉藻前で調べると取り入った上皇は鳥羽上皇(代74代)と出てくるのですが、備中神楽の場合は、その子供である近衛上皇(代76代)に取り入ったことになっています。すこし備中神楽「玉藻の前」のあらすじをみていきましょう。

「玉藻の前」~平成14年8月30日発行 「備中神楽」備中神楽成羽保存会 発行より抜粋~
わが皇室に伝わる三種の神器(八咫の鏡(やたのかがみ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・草薙の剣(くさなぎのつるぎ))を奪おうと、唐土(もろこし(中国のこと))から来た金毛九尾白面の老狐が、女の捨て子に化けて、山城国山成郡(現在の京都)の蔵人尉行綱(くろうどのじょうゆきつな(多田行綱))に拾われる。成長するにつれ、頭脳明晰・容姿艶麗、たまたま近衛上皇が山城国へ行幸のみぎり、その才智と容姿を認められ、13歳で帝の妃に迎えられて玉藻の前となる。帝は玉藻の前の妖気におかされて玉体を害したもう。臣らはあわてて八方手を尽くすがなんのききめもない。ときに伊勢国向郡(現在の三重)に住む、安部泰近(あべのやすちか(安倍晴明の5代目の子孫にあたる))、泰重(やすしげ)の兄弟が、易断(えきだん(占い))の名手であることがわかり、親家大臣治部太夫(役職名)が訪ねて行き、帝の病気の原因と治療の方法を聞く。泰近は留守で弟泰重が会う。泰重は愚鈍で、卦(け)は出るが説明を十分することができないのに、高い料金を要求する。そこで口論になり、抜刀してあわや切りつけようとする時、兄泰近が帰宅し、事情を聞いて大いにわび、改めて易を立てると、四足のたたりがあることがわかる。そこで玉藻の前に疑いがかけられ、いろいろ尋問するが証拠が無いので招待を現わさない。あらかじめ借りておいた八咫の鏡に照らすと、いよいよ古ぎつねの変化の姿を現わすので、みんなでこれを退治し、玉体安全、天下泰平、国家安穏に治まるという筋である。神楽というより芝居じみたものである。

私も何回か荒神神楽で観たことがあります。なじみのある物語だったこともあるし、わかりやすく面白い物語なので、ぜひみなさんにも観ていただける機会をつくれたら、と思っています。この演目はなかなか荒神神楽以外でお目にかかれることがないと思いますので。

イベントの予定が決まりましたら、こちらでもアップしていきますのでお楽しみに。

次回の記事ではもう少し、「殺生石」に焦点をあてて書いてみます。

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