「岡山県で備中神楽と出会って」記事を書かせて頂きました

猿田彦命 Column
今までの活動の振り返り

去年の中頃に「今までの岡山県備中神楽の取り組みを記事にしてみないか?」とのご依頼を受けましてジ アース教育新社という出版社さんが出されている「文部科学 教育通信」の中の「郷土芸能探訪」というページ(全日本郷土芸能協会さんの連載ページ)に記事を書かせて頂きました。お話を頂きましたのは全日本郷土芸能協会さんの小岩さんからでした。ありがとうございます。

小岩さんの鋭い視点で私が書いたものに質問を投げかけてくれたおかげで文章の深みがぐっと生まれたように感じています。それは、「当事者では余りにあたりまえになりすぎて見失っている事柄だけれど、読者の方々が知りたい内容を呼び覚まし届ける」という、ブリッジの役割を担う人がいかに大切かを教わりました。

文部科学教育通信の郷土芸能探訪
文部科学教育通信の郷土芸能探訪に記事を書かせて頂きました

新潟の水原出身の私が岡山に来てもう8年になります。高校途中から県外に出て、アメリカ・滋賀・長崎・埼玉と各地多くの方々にお世話になりました。振り返れば自分勝手な道中に導きのようなものがあって今が在る、と思えれば大まかには御の字としよう、と自分に言い聞かせています。

今回のお話を頂いて、「専門家ではない未熟な私が書くのはおこがましい…、本当に書けるんだろうか…」という考えが当初頭にありました。お断りした方がいいのかも、と弱気になっていた時に、「なぜ芸能や地元の人じゃないのに、ヨソの人がどんな想いをもってやれるようになったか。ご縁はもちろんのこと、そもそも芸術や地域に何かしらの想いがあるから、芸能と出会った時に「私なら私なりのこんなやり方でこんなことがお手伝いできる」と考えられるようになったのかな、と思います。読者にとっても澤田さん(私です)が何者かを少しでも伝えてもらえると、今後同じような想いを持たれる方が地域の郷土芸能に触れる時に安心できるのではないかな、と思います」と小岩さんが励ましてくださったので、こうして書き上げることができました。感謝致します。

又、私も細心の注意は払っているものの間違えて備中神楽のことをお伝えすることになるのは避けたく、備中神楽社中大賀社 社長の谷本 龍雄さんに文章の監修をお願い致しました。快く引き受けてくださり感謝致します。いつもありがとうございます。

「郷土芸能探訪117」全日本郷土芸能協会 連載ページ

画像ではとても読みにくいと思いますが、一応載せておきます。全文はまた気が向いたら?、HPにも掲載するかもしれません。もし読んでみたい!という方がいましたら、記事を個別に送ることはできますので気軽にご連絡ください。

一言でまとめてしまうと、私の活動は「備中神楽の振興」なのでしょうが、私の根底には故郷水原の水原祭りがあります。毎年8月に家族や近所の人々と共に、町内のにわか(太鼓や笛に合わせて子どもたちが曳く山車(だし))の世話をし、「祭り」が人々の心を一つにする営みであることを幼いながらに感じていました。(もちろん神楽もありますよ!)

お祭りだけではなくどの分野も、時代の社会的構造の変化で大きな転換期を迎えている中、どうやったら「引き継いでいく」というよりも「生き残っていく」か。この「生きる力」をどうやったら育めるのか。そんなことをずっと考えて実践してきたように思います。

どの時代にあっても「文化的資源が人を養い、生きる力を育む」という想いが、なぜか私の中には根強くあって文化や郷土芸能に触れているし、催しでみなさんと触れる機会を創れていけたらなと願っています。

The Sphere スフィア
The Sphere Shunmetalworks

高校生からふらふらと各地を巡っていた(いや、ちゃんと仕事はさせて頂いていました)私はヨソ者期間が長いんだ!ということに気づきました。飽き性の私にはちょうど良い暮らしなのかもしれません。全く異なる文化の中に入ることもあったし、グラデーションのように薄ぼけて一見わからないけれど注意して観察してみると異なる地域もたくさんありました。同じ言語を話しているとそれがカモフラージュ的役割を果たして益々わからない、ということもある。ある文化では多数派のときもあれば少数派の時もある。そんな世界が無数にたくさんあるんだ、ということを身をもって体感してきたんだと思います。

今回の備中神楽の道のりもこうして振り返ると決して平坦ではなくて、凸凹。笑
ヨソ者としてわきまえているつもりでも、ヨソ者扱いを受けたんだろうなという時もありました。

本当に凸凹製作人です。。。(そんな時にも傍にいてくれた家族、友人、そして尊敬する本の中の偉人の方々に感謝!)

灯火

最後に、2026年5月24日に岡山市大元 宗忠神社にお呼びして講演していただく内田 樹先生著書「日本習合論」から「事大主義の再来」という文章をみなさんと分かち合いたいと抜粋します。
ちょっと長いんですが、これを読んで「うんうん!」と頷いたり、「スカッとする!」方もいるかもしれない、と思いますし、私に常日頃お付き合いくださっている方々は長文に慣れていると思いまして。

「事大主義の再来」~「日本習合論」内田 樹先生著 P.49~

 世を覆っている共感主義の基本にあるのは先ほど来僕が指摘している「多数派は正しい」という信憑です。多数派に属していないということは「変なこと」を考えたり、しているからであって、それは多数派に合わせて矯正しなければならない。そういうふうに考える人がたくさんいる。若い人にも多く見かけます。でもね、そういうのを「事大主義」と言うのです。
 あるインタビューで「じだいしゅぎ」と言ったら文字起こし原稿には「時代主義」と書かれていました。なるほど、「時代の趨勢に逆らわない」から「時代主義」なのか。インタビュアーは若い人でした。熟語は知らないけれど、造語能力はあるなあと思いました。
 でも、「じだい主義」の「じだい」は時代じゃなくて事大です。「大に事える(だいにつかえる)」。弱い者が強い者の言いなりになって身の安全を図ることです。「寄らば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」と同じ意味です。
 マジョリティというのは「大」「大樹」「長いもの」のことです。多数派の言うことはその成否を問わずにただ従う。それが身の安全である。それが当今の作法ですけれど、もちろん今に始まったことじゃありません。「事大」の出店は『孟子』ですから、それくらい昔からそういう生き方は存在していた。
 そういう生き方もたしかに一種のリアリズムではありますけれども、それにしてもマジョリティであるかマイノリティであるかは、それぞれが主張していることの真偽正否とは関係ありません。「和を乱さない」ということは集団を安定的に維持するためには必要なことです。でも、ものには程度というものがある。日本の場合は、その度が過ぎます。
 僕が「和」をあまり好まないのは、「和」を過剰に求める人は、集団の他のメンバーに向かって「そこを動くな」「変わるな」と命ずるようになるからです。自由に運動しようとするもの、昨日までとは違うふるまいをしようとする人間が出てくると、たしかに集団は管理しにくくなります。だから「和を尊ぶ」人たちは、基礎的なマナーとして「身の程を知れ」「おのれの分際をわきまえろ」「身の丈に合った生き方を知れ」という定型句をうるさく口にするようになる。
~一部、省略~
 少し前に僕の友人の若手研究者が同世代の学者たちと歓談したときに、談たまたま僕のことに及んだことがあったそうです。するとたいへん僕は評判が悪かった。どこがダメなのかと僕の友人が興味にかられて訊いてみたら「専門以外のことについて口を出すから」だというお答えだったそうです。学者は自分がきちんとアカデミックな訓練を受けた守備範囲から出るべきではない。フランス文学者ならそれだけをやっていればいい。それ以外のことについては素人なんだから、口を噤んで(つぐんで)専門家に任せるべきだ、と。
 なるほど、と思いました。時代は変わったなあ、と。
 でも、そんなことを言われても困るんですよ。僕は「専門以外のことについて口を出す」ことで飯を食ってきたわけですから。フランスの哲学や文学についてはいくつか論文も書きましたけれど、興味はそこにとどまらない。ついあちこちに食指が動く。武道論も、教育論も、映画論も、身体論も、マンガ論も、能楽論も、自分の興味の赴くままに、書きました。でも、どれも専門領域というわけではありません。
~一部、省略~
 でも、そういう半素人にも存在理由はあると思うのです。専門家と素人を「つなぐ」という役割です。僕の仕事は『私家版・ユダヤ文化論』も『寝ながら学べる構造主義』も『レヴィナスと愛の現象学』も『若者よマルクスを読もう』(これは石川康宏さんとの共著)も『能はこんなに面白い!』(これは観世流宗家との共著)も、どれも専門家の仕事を読者に嚙み砕いてお伝えすることはできる。そうやって底辺を広げることはできる。底辺が広がらないと高度は得られないと思うからです。でも、そういう仕事は「専門家のもの」としては認知されない。そして、たまに「専門領域でもないことについて中途半場に口出しをするな」と叱られる。
 でも、それが僕には納得できないんです。僕のような半素人が一知半解の言説を述べたとしても、そこにいくばくかの掬すべき(きくすべき)知見が含まれていることもある(かもしれない)。それがおもしろいと思う人は読めばいいし、読むに値しないと思う人は読まなければいい。それでいいじゃないですか。「掬すべき知見が含まれているかどうか」は先方が判断することであって、僕が決めることじゃない。ましてや、僕に向かって「決められた場所から出るな」を言われてもおいそれと肯う(うべなう)わけには参りません。繰り返し言うように、僕は決められた場所から出て、好きなところをふらふら歩き回ることで食ってきたわけで、「やめろ」と言うのなら休業補償してほしい。

 でも、この「おのれの分際をわきまえろ」「身の程を知れ」という恫喝は最近ほんとうによく聞くようになりました。
 小田嶋隆さんが前にツイッターで財務大臣について批判的に言及したら、「そういうことは自分が財務大臣になってから言え」という驚嘆すべきリプライがついていたことがありました。でも、こういう言い方は、たしかに近頃ほんとうによく目にします。
 僕が政治的なことについて発言したときにも「それならあなた自身が国会議員になればいいじゃないか」と絡まれたことがあります。僕の知り合いが、ある有名ユーチューバーについて批判的なコメントをしたら「そういうことは再生回数が同じになってから言え」と言われた。ある若手経営者について批判したら「そういうことは同じくらい稼いでから言え」と言われた。

 全部パターンが同じなんです。批判したければ、批判される対象と同じレベルにまで行け、と。だから、「権力者を批判したければ、まず自分が権力者になれ」ということになる。それはいくらなんでも没論理的ではないですか。「現状に不満」というようなことは現状を変えることができるぐらいの力がある人間にしか言う資格がない。無力な人間には、そもそも「現状に不満である」と言う権利がない。こんな言明にうっかり頷いてしまったら、もう「現状を変える」ことは永遠に不可能になります。だって、今あるシステムの内部で偉くなろうとしたら、まずシステムを受け入れ、そのルールに従い、他の人たちとの出世競争に参加して、そこで勝ち残らなければならないからです。勝ち残ることができなくて、途中で脱落すればもちろん現状は変えられない。勝ち残ってしまったら、「自分を出世させてくれたシステム」を変える必然性がなくなる。グルーチョ・マルクスのように「自分を入会させるようなクラブには入会したくない」ということが言えるのはごく例外的な人だけです。ふつうの人は「自分が偉くなれる仕組みはよい仕組みである」と考える。
 「現状に不満があったら、まず現状を変えられるくらい偉くなれ」という言明は人を現状に釘付けにするためのものです。人を今いる場所に釘付けにして、身動きさせないための「必殺のウェポン」として論争で愛用されている。実に多くの人たちが喜々としてその定型句を口にしている。
 こういうのは時代の「空気」を映し出しているんです。どういう「空気」かというと、「自分に割り振られたポジションにいて、そこから出るな」という圧力です。その圧力が大気圧のように日常化している。日常化しているので、圧力がかかっているということ自体が実感されない。
~抜粋、おわり~

そう、もっと自由に言葉を紡いでもいいはず。(誹謗中傷的な文脈ではなくて)
「多様性」とこんなにも叫ばれているのに「多様性」にも「これが普通」みたいな定義をつけて、「あんな振るまいは許されない」となったら悲しい。

高校の担任で「出席日数ギリギリでもOK。これを読みなさい。」と数々の本や詩集を紹介してくれた志賀先生。
就職先でまったくのペーペーなのに会議で思ったことを発言して、「自分で考えたことを発言したことが評価できる」と自由闊達な雰囲気をつくってくれた前田さん、井上さん。

私のふるまいを受け入れ広げてくれた器の広い方々のおかげで今日の私がいます。

話が逸れたようで、私の中では繋がっているのですが、ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございます。

2026年5月24日(日)岡山市大元 宗忠神社にて開催する「日本の古典」内田 樹先生講演&吉備楽公演はこちらの記事も読んて頂けたら幸いです。ぜひ、若い方もいらしてください。(高校生以下は無料です)
内田 樹先生講演&吉備楽公演 イベントご案内


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