小泉 八雲「日本人の微笑」

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「怪談」などで知られる小泉 八雲(こいずみ やくも)ことパトリック・ラフカディオ・ハーン。前回の記事「八重垣の能」と八重垣神社でも少し名前に触れました。小泉 八雲を初めて聞く名でも、「耳なし芳一」や「雪おんな」などの怪談は親しみがある方が多いのではないかと思います。これらの怪談の作者が小泉 八雲です。

「日本人の微笑(The Japanese Smile)」は「知られぬ日本の面影(Glimpses of Unfamiliar Japan)」に含まれているもので、明治期の日本人を観察し考察したものでした。

今は私生活では小さな子を子育てまっさい中でなかなか遠くへ外出をするのは控えているのですが、以前に様々な海外の方々とお仕事をしていた際に、アテンドしたりレセプションに参加して感じたことは、「”笑顔と豊かさの波動”は世界共通なんだな」ということでした。役職がある方々なのですが、みなさん笑顔が素敵で、豊かな波動に溢れていました。誰一人として気取って、”ツン”としていたりしている人はみあたりません。海外の街中で歩いているときに、笑顔で微笑み返す、やエレベーターで一緒になった時に「こんにちは」と一言声をかける、などは互いに危険はないですよ、ということを確かめ合う為でもあるでしょうが、私は、見ず知らずの人でもその時に笑顔を交わす、言葉を交わす、という文化をとても好ましく思っていたことを覚えています。

海外の方との時間は、笑顔の大切さや効用を改めて学びました。それは誰に対してもおこなう作法のように浸透していることが私は素敵だな、と感じているのです。比べてみると、最近の日本では街行く人は無表情であったり、同じ子ども園に通う親同士が挨拶を交わさなかったり。しかし、ある程度の年配の方々はにこやかに挨拶をする前提の方が多いようにも感じます。私の幼き記憶にも地元を歩いていると町のみんながそれぞれを気にかけていたり、声を交わしたりした記憶があるので、こういった変化はどこからきたのだろう…と改めて考えた時に、小泉 八雲の「日本人の微笑」を思い出したのです。

元々、日本人も笑顔をとても大切にしてきた民族なのです。「日本人の微笑」という随筆の中で彼は、日本人は常に絶えざる微笑をたたえている、と言います。そして、つらいときでも悲しいときでも、不思議に消えることのないその微笑について、こう書き残しています。

「その微笑には反抗も偽善もない。とかくわれわれが性格の弱さに結びつけがちな、弱々しい諦めの微笑とも混同してはならない。それは入念に、長い年月のあいだに洗練された一つの作法なのである。それはまた、沈黙のことばでもある」

明治時代のことですから、日本は西洋に比べてまだまだ文明は遅れていて、市民の生活も苦労が多かったはずです。でも私たちの祖先は、ずっと笑顔を大切にしてきたのですね。それを確認することができたこの随筆の内容を今こんな世の中だからこそ、深く考えています。

「日本人の微笑」の結びに、小泉 八雲はこのような言葉を残しています。

「いつか日本は古い日本を振り返ることがある。その時に、祖先が持っていた素朴な歓びを受け入れる能力、純粋な生の悦びに対する感覚、はるか昔の自然との愛すべき聖なる親しみを、懐かしむようになるだろう。世界がどれほど、光にみち美しく見えたかを思い出すだろう。そしてもっとも驚愕するものは、寺の門前にある地蔵さまの顔に浮かんだ神々しくも温かな笑みのような、神々の温顔ではなかろうか。その微笑こそが、かつての日本人の微笑にほかならないからである」

きっと小泉 八雲が愛した日本の面影が残っていると思っています。それを見つけていく旅に出たいと思います。

みなさん、今日も口角をあげて、私たちのために微笑みあいましょう。

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